顎関節症の主な原因と治し方
更新日:2021/04/10
顎関節症は、統計的に若い女性の症例数が多い病気です。
噛み合わせの悪さによって惹き起こされる病気というイメージが定着している顎関節症ですが、実のところそのような認識は科学的な見解からすると正しいものではありません。
さまざまな議論のある顎関節症の発症因子ですが、近年の歯科医療では、噛み合わせだけではなく、下記に代表される複数のリスク因子が積み重なることで発症する疾患であるというのが、一般的な考え方になっています。
顎関節症の原因について
顎関節症の主な発症因子としては、以下の4つが挙げられます。
1.ブラキシズム(歯ぎしり、食いしばり)
2.外傷
3.生活習慣
4.顎関節症における不正咬合(ふせいこうごう)
これらの原因のいくつかの積み重なりがその人の持つ顎関節の耐久力の限界値を超えた場合に、顎関節症は惹き起こされます。
たとえば、噛み合わせに異常が見られない方でも、ストレスによる歯ぎしりが日常的に反復されることで顎関節の耐久値を超える負荷がかり、顎関節症を発症するいった具合です。
上記四つの主な発症因子について、それぞれ確認しておきたいチェックポイントを以下に補足します。(4.不正咬合に関しては、下段で4つの症例とともに詳しくご説明します)
ブラキシズム(歯ぎしり、食いしばり)
「歯ぎしり」「食いしばり」「歯をカタカタ鳴らす」行為を総称して「ブラキシズム」と呼称しますが、とくに歯ぎしりに関しては、顎関節症の主要なリスク因子として挙げられることが多く、所見が見られる方は注意が必要です。
また、ブラキシズムは無意識に行われるものであり、生活ストレスとの深い関連性が指摘されています。
外傷
長時間口を開ける行為、顎や頭頸部の打撲による顎関節や靭帯の損傷が原因で顎関節症を発症するケースなどが挙げられます。
生活習慣
生活習慣については、顎関節に対して大きな負荷をかける普段からの癖や習慣のことを指しています。
頰杖、うつ伏せ寝、猫背の姿勢、左右のどちらか一方で噛む癖のある偏咀嚼など、大多数の人が日常的に行なっている生活習慣も顎関節症の大きなリスク因子です。
この他にも顎関節症を誘発するきっかけは色々とあるので、少しでも症状が見られる方は、速やかに歯科医院を受診されることをオススメします。
顎関節症における不正咬合(ふせいこうごう)
さまざまなタイプのある不正咬合(噛み合わせの不具合)ですが、その中でも特に以下の四つの症例は、顎関節症との強い関連性が指摘されているので注意が必要です。
①骨格性開咬(こっかくせいかいこう)
口を閉じたとき、奥歯は噛み合っているものの、前歯がまったく噛み合っていない不正咬合のタイプです。
噛み合う歯が少ないため、噛み合わせの際に生じる圧力を歯が受け止めきれず、その結果として顎関節にかかる負担が増大し、顎関節症へと至ります。
また、開咬の度合いが酷くなるにつれ、顎関節への負担も大きくなり、必然的に顎関節症の発症リスクも高くなります。
②片側性交叉咬合(へんそくせいこうさこうごう)
偏咀嚼・へんそしゃく(左右のどちらかだけで咀嚼する癖)や頰杖などの悪い生活習慣があると、下顎が後方に移動してしまい、左右の高低差が生じることで、審美的にも正面から見たときの相貌の歪みが目立つようになります。
歯が噛み合ったときに、左右の噛む力がアンバランスになるため、顎関節への圧力が不均等なものとなり、その結果として顎関節の位置がずれ、間節円板(顎関節腔内の繊維性軟骨)の転移が起こりやすくなり、顎関節症を惹き起こします。
片咀嚼や頰杖は、特異なものではなく、ありふれた行動様式のように思われがちですが、左右で高さの違う靴を日常的に履いたときに起こる脚関節への悪影響を想像していただけると、このような生活習慣を改善する重要性を理解しやすいかもしれません。
③下顎が著しく後退した上顎前突(じょうがくぜんとつ)
上顎前突には大きく分けて、上の前歯のみが突出したケース(歯性上顎前突・しせいじょうがくぜんとつ)と、下顎が後退したために相対的に上顎が突出したケース(骨格性上顎前突・こっかくせいじょうがくぜんとつ)の二つの症例があります。
このうち後者の骨格性上顎前突の場合、顆頭(顎関節の蝶つがい部分)も後方位をとり、間節円板の前方転移が起こりやすく、顎関節症の発症リスクも高まるため、とくに注意が必要です。
上顎の歯や骨格が単独で突出した骨格性上顎前突もありますが、比率としては、下顎の後退を含む複合型が大半を占めています。
④夥頭後退位(かとうこうたいい)と最大咬頭嵌合位(さいだいこうとうかんごうい)との間に4mm以上の差がある咬合
歯を接触させずに顆頭(かとう)をもっとも後退させた位置(顆頭後退位)と、歯がもっとも良く噛み合う時の顆頭の位置(最大咬頭嵌合位・さいだいこうとうかんごうい)との差異が4cm以上あると、顎関節症の発症リスクが高まることが報告されています。
間節円板は、顆頭と関節窩(かんせつか)の間にサンドイッチされた状態で存在しますので、この差が大きいとバランスが不安定になり、間節円板の前方転移もまた起こりやすいため、顎関節症を誘発してしまうことが推測されます。
これらの不正咬合は、顎関節症のみならず審美的なお悩みを抱えやすい症例でもあり、歯列矯正を希望される患者さんも多いことでしょう。
しかしながら、歯列矯正をスタートさせるにあたって顎関節症の症状があり、かつ上記タイプの不正咬合が確認される場合は、顎関節の状態を的確に把握した上で、リスク軽減のために細心の注意を払った矯正治療が不可欠です。
顎関節症と矯正治療
患者さんにとって一番の関心ごとは、治療による改善効果に関する点ではないでしょうか。
矯正医院でのカウンセリングの際に、「歯並び(噛み合わせ)を治すと、顎関節症も治るのか?」という質問が寄せられることも多いそうです。
結論から申し上げますと、すべての顎関節症が歯並びの悪さに起因するわけではなく、噛み合わせ治療による顎関節症の改善効果は患者さんの症例によるというのが歯科医院の臨床現場での実情だそうです。
ただし、噛み合わせの悪さが顎関節症の副次的な原因になっている可能性は十分にあり、矯正治療によって顎関節症も大きく改善された事例も数多く報告されています。
噛み合わせの悪い方がすべて顎関節症になるわけではなく、反対に噛み合わせが良いからと言って顎関節症を発症しないわけではありませんが、噛み合わせを正常にすることで顎関節への負荷が軽減されることは容易に理解できます。
矯正治療のデメリット面としては、長期間のタイムスケールを必要とするものであり、顎関節症の治療の即効性は期待できないことが挙げられます。
また、矯正治療の途中で顎関節症を発症されるようなケースもまれにありますが、矯正治療を顎関節症の発症因子とする研究報告や科学的なエビデンスは存在しません。
まとめ
いずれにせよ、顎関節症の治癒を目的とした矯正治療は、豊富な知識と経験を持った専門の矯正医のもとで慎重に行うことが大切です。
矯正治療はあくまでも歯並びの審美的な修正を目的としたものであり、顎関節症の改善や将来的な発症リスクの軽減は副次的な効果として捉えておくと良いでしょう。
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